アメリカでは、「高収入=勝ち組」という時代から、「安定した仕事」が評価される時代へと少しずつ変化しています。
その象徴ともいえるのが、ニューヨーク市の地下鉄清掃員です。
2025年の募集では、約4万9,500人が応募。2022年には約7万5,000人もの応募があり、採用まで3〜4年待つケースも珍しくありません。
一見すると「なぜ?」と思うこの現象ですが、その背景には、アメリカならではの医療保険制度や物価高、年金制度など、日本ではあまり知られていない事情がありました。

なぜ地下鉄清掃員に5万人近くが応募するのか?
ニューヨーク州都市交通局(MTA)が募集する地下鉄清掃員の仕事内容は決して楽ではありません。
主な仕事内容
- 駅構内・ホームの清掃
- エスカレーター・エレベーター清掃
- ゴミ回収
- 嘔吐物や排泄物の処理
- 大型ごみの撤去
- 深夜勤務・早朝勤務
利用者とのトラブルも少なくなく、精神的・肉体的にも負担が大きい仕事です。
現在MTAでは約3,700人の清掃員が働いています。

給料は実はそれほど高くない
2025年現在の給与は以下の通りです。
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 初任給 | 時給20.89ドル |
| 勤続6年 | 時給34.82ドル |
| 年収 | 約43,000〜72,000ドル |
1ドル160円換算では、
- 初任給:約3,340円/時間
- 年収:約690万円〜1,160万円
と、日本から見ると高く感じます。
しかしニューヨークでは事情が違います。

ニューヨークは全米でもトップクラスの生活費
例えば2025年の目安では、
単身者の年間生活費
- 家賃:約35,000〜45,000ドル
- 食費:約8,000ドル
- 医療費・保険:約5,000ドル以上
- 交通費・その他:約10,000ドル
年間では約70,000ドル以上必要とも言われています。
つまり、
初任給ではニューヨークで生活するだけでも簡単ではありません。
それでも人気なのは「福利厚生」
MTA最大の魅力は給与ではありません。
医療保険
アメリカでは会社によって医療保険が大きく異なります。
民間企業では
- 家族保険で月500〜1,500ドル
支払うケースも珍しくありません。
しかしMTAでは
- 医療保険
- 歯科保険
- 眼科保険
などの自己負担が非常に少なくなっています。
ある女性職員は、
レストラン勤務時代は娘と2人で毎月約400ドル払っていた医療保険が、MTAへ転職後は大幅に安くなった
と話しています。
年金制度も魅力
MTA職員は公的年金制度にも加入できます。
アメリカでは401(k)など自己積立型年金が一般的ですが、
公共交通機関では
- 確定給付型年金
- 長期雇用
が残っており、
退職後まで安心できる数少ない仕事となっています。
清掃員は「入口」に過ぎない
多くの応募者が狙っているのは、
実は清掃員ではありません。
MTAでは勤務実績を積むことで、
より給与の高い職種へ昇進できます。
| 職種 | 初任給 |
|---|---|
| 清掃員 | $20.89 |
| 駅係員 | $33.33 |
| 車掌 | $26.70 |
| 地下鉄運転士 | $42.84 |
さらに管理職へ進めば年収10万ドル以上も珍しくありません。
つまり、
「まず入社すること」が重要なのです。
他都市ではどうなのか?
ニューヨークだけが特別ではありません。
アメリカ各都市でも、公共交通機関や自治体の仕事は非常に人気があります。
シカゴ(CTA)
初任給
約22〜30ドル/時間
福利厚生
- 医療保険
- 年金
- 有給休暇
- 労働組合
CTAも非常に人気があり、運転士や整備士は内部昇進制度が整っています。
サンフランシスコ(BART)
BARTは全米でも給与水準が高いことで有名です。
清掃・保守職
約30〜40ドル/時間
運転士では年収10万ドルを超えるケースも珍しくありません。
ただし、
サンフランシスコの家賃は全米トップクラスであるため、高収入でも生活は決して楽ではありません。
ワシントンD.C.(WMATA)
WMATAでも
- 清掃
- 保守
- 駅係員
などは人気職種です。
年金制度や医療保険が非常に充実しており、
公務員に近い待遇を受けられます。
ボストン(MBTA)
MBTAも近年採用を強化しています。
福利厚生は
- 年金
- 健康保険
- 有給休暇
- 労働組合
が充実しており、
景気に左右されにくい仕事として人気があります。
ロサンゼルス(LA Metro)
ロサンゼルスでも公共交通機関の拡大に伴い、
- 清掃員
- 保守スタッフ
- 駅スタッフ
の採用が増えています。
給与はニューヨークほど高くありませんが、
長期雇用を希望する人から高い人気があります。
民間企業より人気なのはなぜ?
アメリカではIT企業やスタートアップが注目されがちですが、近年はレイオフ(大量解雇)が相次いでいます。
一方、公共交通機関では
- 解雇リスクが低い
- 医療保険が充実
- 年金制度がある
- 労働組合が強い
- 昇進制度が明確
という安心感があります。
「高収入」よりも「将来の安心」を重視する人が増えていることが、地下鉄清掃員への高倍率につながっています。
日本との違い
日本では清掃員という仕事に対して「給与が低い」「体力仕事」というイメージを持つ人も少なくありません。
しかしアメリカでは、公共交通機関の清掃員は安定したキャリアの入り口として認識されることがあります。
特にニューヨークのような都市では、福利厚生や内部昇進制度が充実しているため、「まずMTAに入ること」を目標に応募する人が数多くいます。
まとめ
ニューヨーク地下鉄清掃員への応募者が毎回数万人に達する理由は、単純に給与が高いからではありません。
- 初任給は時給20.89ドルと決して高くない
- 医療・歯科・眼科保険が充実
- 年金制度がある
- 解雇されにくい
- 昇進すれば駅係員や運転士など高収入職への道が開ける
- シカゴ、サンフランシスコ、ワシントンD.C.、ボストン、ロサンゼルスなどでも同様の傾向が見られる
物価高や医療費の上昇、民間企業でのレイオフが続く現在のアメリカでは、「高収入」よりも「安定」を求める人が増えています。
ニューヨーク地下鉄清掃員の高倍率は、その時代の変化を象徴する出来事と言えるでしょう。

